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京都地方裁判所 昭和61年(ワ)553号 判決 1987年11月27日

反訴原告

森弘行

ほか一名

反訴被告

山口由起子

主文

一  反訴原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は反訴原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  反訴被告(以下「被告」という。)は、反訴原告森弘行(以下「原告弘行」という。)に対し、金二五九万七七四〇円及び内金二二九万七七四〇円に対しては昭和六〇年一〇月二日から支払ずみまで、内金三〇万円に対しては第一審判決言渡しの日の翌日から支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、反訴原告森比左子(以下「原告比左子」という。)に対し、金一三二万七二四〇円及び内金一一七万七二四〇円に対しては昭和六〇年一〇月二日から支払ずみまで、内金一五万円に対しては第一審判決言渡しの日の翌日から支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 発生日時 昭和六〇年一〇月二日午後三時五〇分頃

(二) 発生場所 京都市下京区塩小路通高倉交差点付近路上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(京都五七め六八四一号、以下「被告車」という。)

(四) 被害車 原告弘行運転の普通貨物自動車(京都四〇そ八〇七三号、以下「原告車」という。)

(五) 態様 原告弘行が妻である原告比左子を原告車に同乗させ、塩小路通を西から東へ進行し、高倉通との交差点の信号が赤となつたため横断歩道の手前に停止していたところ、被告車が追突し原告車はブレーキをかけたが、この衝撃のため数メートル動いてようやく停止した。

2  責任原因

被告は、前方確認を怠つたまま漫然と進行した過失があるから民法七〇九条により、また車両の保有者として自賠法三条により、本件事故によつて原告らの蒙つた損害を賠償する責任がある。

3  原告弘行の損害

(一) 原告弘行は、本件事故のために「頸椎捻挫、腰椎捻挫」の傷害を受け、昭和六〇年一〇月二日から昭和六一年二月末までの間、武田病院に実通院日数七七日間の通院加療を要した。

(二) 損害の内容等

(1) 休業損害 一七五万円

原告弘行は、約二〇年前に調理士の免許を取得し、本件事故の直前まで京都府竹野郡丹後町間人の吉野屋旅館の料理長を二年間勤め、一か月四〇万円の収入を得ていたところ、本件事故当時、調理士紹介所の紹介により長野県大町温泉の「きねや」に一か月の給料三五万円の約束で就職する予定になつていたが、本件事故のためこれを断念せざるを得なかつた。したがつて、本件事故による休業損害は左記のとおり昭和六一年二月末日現在一七五万円となる。

(計算式)

三五万円×五か月=一七五万円

(2) 通院交通費 四万七七四〇円

原告弘行が武田病院に通院する片道の費用は、次のとおりである。

ア 京阪宇治交通バス久御山公園前から近鉄大久保駅まで一二〇円

イ 近鉄大久保駅から京都駅まで一九〇円

よつて通院交通費は昭和六一年二月末日現在、左記のとおり四万七七四〇円となる。

(計算式)

(一二〇円+一九〇円)×二×七七日=四万七七四〇円

(3) 慰藉料 八〇万円

原告弘行は、被告の一方的な過失による事故のため長期にわたる通院を余儀なくされ、現在も腰部、肩、頸頭部の痛み、左下肢大腿部のしびれ等の症状を残しており、また前述のとおり予定していた就職も断念せざるを得なかつたもので、これに対する慰藉料としては、八〇万円が相当である。

(4) 損害の填補

原告弘行は、被告から本件事故による前記損害の賠償として、三〇万円の支払いを受けた。

(5) 弁護士費用 三〇万円

原告弘行は、同原告本件訴訟代理人に対し、第一審判決言渡しと同時に三〇万円を支払うことを約した。

4  原告比左子の損害

(一) 原告比左子は本件事故のために「頸部捻挫」の傷害を受け、昭和六〇年一〇月二日から昭和六一年二月末までの間、武田病院に実通院日数七二日間の通院加療を要した。

(二) 損害の内容等

(1) 休業損害 五八万二六〇〇円

原告比左子は、本件事故当時主婦であり、六歳(女児)、四歳(男児)、一歳(女児)の三人の子供を抱え忙しい毎日を送つていたが、本件事故のため少なくとも昭和六〇年一二月末日まで家事を充分に行うことができなかつた。そこで、同原告の本件事故当時における一か月の右労働の対価としては、賃金センサスによる年齢別平均月額給与額である一九万四二〇〇円が相当であるから、休業損害は左記のとおり五八万二六〇〇円となる。

(計算式)

一九万四二〇〇円×三か月=五八万二六〇〇円

(2) 通院交通費 四万四六四〇円

原告比左子が武田病院に通院する経路は、前記原告弘行と同様であるので、左記のとおり四万四六四〇円となる。

(計算式)

(一二〇円+一九〇円)×二×七二日=四万四六四〇円

(3) 慰藉料 七〇万円

原告比左子は、本件事故により長期の通院を余儀なくされ、現在も後頭部痛、肩、右上腕部のしびれを残している。また三人の幼児を抱えているにもかかわらず被告は家政婦依頼の費用の支払いすら認めようとせず、大変つらい思いをした。以上の事情を考慮すると、慰藉料として七〇万円が相当である。

(4) 損害のてん補

原告比左子は、被告から本件事故による前記損害の賠償として一五万円の支払いを受けた。

(5) 弁護士費用 一五万円

原告比左子は、同原告本件訴訟代理人に対し、第一審判決言渡しと同時に一五万円の支払いを約した。

5  よつて、原告弘行は、被告に対し、金二五九万七七四〇円及び内金二二九万七七四〇円に対しては本件事故発生日である昭和六〇年一〇月二日から、内金三〇万円(弁護士費用)に対しては第一審判決言渡しの日の翌日から、それぞれ支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告比左子は、被告に対し、金一三二万七二四〇円及び内金一一七万七二四〇円に対しては本件事故発生日である昭和六〇年一〇月二日から、内金一五万円(弁護士費用)に対しては第一審判決言渡しの日の翌日から、それぞれ支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項記載の事実のうち(一)ないし(四)は認める。(五)の事故の態様のうち、原告弘行が妻である原告比左子を原告車に同乗させて塩小路通を西から東へ進行し、高倉通との交差点の信号が赤となつたので横断歩道の手前に停止していたところ、被告の運転していた被告車が追突したことは認め、その余は否認する。

本件事故の態様は次のとおりである。すなわち、本件事故現場において、原告車の約一・八メートル後方で、被告車に乗車し右折のため信号待ちをしていた被告が、自車左側の直進車両及び原告車の前方車両が発進したため原告車も発進するものと思い、時速約四ないし五キロメートルで発進したところ、原告車がとり残されてしまい発進しなかつたため原告車に衝突した。同車は衝突によつて全くといつてよいほど動かなかつた。

2  同第2項の事実は認める。

3(一)  同第3、第4項各(一)の事実のうち、原告らが武田病院に通院したこと(但し、通院回数、通院期間は不知。)は認めるが、その余は否認する。

本件事故については、原告車の修理代が僅か八九〇〇円であり、被告車にあつては修理の必要性を認めず未修理の状態であること、被告車の衝突時の速度は時速約四ないし五キロメートルに過ぎず、原告車に与えた衝撃は殆どとるに足らない程度のものであつたことなどの事実に照らすと、原告らが本件事故によつて頸椎捻挫等の傷害を負つたとは認め難い。なお、仮に、原告らに本件事故後右症状が認められるとしても、同症状は、昭和五七年一二月八日発生の交通事故または昭和六〇年三月三日発生の交通事故に起因するものであり、本件事故によるものではない。

(二)  同第3、第4項各(二)の事実のうち、各(4)は認めその余は不知ないし否認する。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1(一)ないし(四)の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故により原告らが傷害を負つたかどうか検討する。

1  いずれも原本の存在、成立とも争いのない乙第一ないし第五号証、同第七ないし一〇号証、いずれも成立に争いのない同第一一、第一二号証及び原告ら各本人尋問の結果によれば、原告弘行は、本件事故日である昭和六〇年一〇月二日から昭和六一年三月一八日までの間の八二日、「頸椎捻挫、腰椎捻挫」の診断名で武田病院に通院して治療を受けたこと、原告比左子は、右同期間のうちの七九日、「頸椎捻挫」の診断名で同病院に通院して治療を受けたことが認められ、右事実によれば、原告らが本件事故によつてその主張にかかる傷害を負つたと首肯できそうである。

2  しかしながら、原告らが本件事故によつて傷害を負つたことについては次のとおり疑問が存するといわざるを得ない。

(一)  本件事故の態様について

成立に争いのない甲第二号証、被写体が被告車であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により昭和六〇年一〇月五日頃撮影した写真であることが認められる検甲第一号証の一、二、被写体が原告車であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により昭和六〇年一一月末頃撮影したことが認められる同第二号証及び原告ら各本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故現場は東西に通じるアスフアルト舗装された平たんな道路(塩小路通)上であり、本件事故当時路面は乾燥状態であつたこと、原告弘行は、本件事故当時原告車を運転し、塩小路通を東進して本件事故現場にさしかかつたものであるが、高倉通との交差点を右折すべく先行車両に続いていつたん停止した後発進しようとしたところ、後記のとおり被告車の前部バンパーが原告車の後部バンパーに衝突したこと、当時、原告車の助手席には一歳の幼児を膝の上に抱いた原告比左子が同乗していたこと、他方、被告は、本件事故当時被告車を運転し、原告らと同じく塩小路通を東進し高倉通との交差点を右折すべく原告車に続いてその後方約二メートル足らずの地点に停止した後、左車線や対向車線の車両が走行を開始したため、原告車も発進するものと軽信して被告車を発進させたところ、予想に反して原告車が発進しなかつたため、ブレーキをかけたが間に合わず、被告車の前部バンパーが原告車の後部バンパーに衝突したこと、右衝突による原告車の移動はほとんどなかつたこと、本件事故による原告車の修理(リヤバンパーの取り替え)費用は九、二〇〇円であり、他方、被告車については修理の必要を認めなかつたこと、以上の事実が認められる。原告らは、衝突により原告車が数メートル移動してようやく停止した旨主張し、その旨の供述をするけれども、右供述は、それ自体必ずしも信用できない内容であるうえ、前掲甲第二号証中の原告らの司法警察員に対する供述内容とも異なり、原告らの右事故態様に関する供述は全体として信用できない。

(二)  そこで、右事実を前提にして本件事故による原告らの受傷の可能性を検討するに、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第八、第九号証によれば、本件事故の際の原告車への追突速度は時速一〇キロメートル未満であると推認されるところ、このような追突速度では、一般的には頸椎捻挫、腰椎捻挫の傷害は起こり得ないと認められる。

(三)  他方、いずれも成立に争いのない甲第六号証の七、一八、二〇ないし二五、同第七号証の八、一五ないし一七、二一ないし三四、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる同第六号証の六によれば、原告弘行は、昭和五七年一二月八日の交通事故により「腰部捻挫、頸椎捻挫、右肩打撲」の傷害を負い、右同日から昭和五八年六月二七日まで通院加療(実治療日数一〇五日)し、主として腰部の圧痛が考慮されて後遺障害等級表一四級一〇号の後遺症認定を受けたこと、更に、同原告は、昭和六〇年三月三日に同じく交通事故により「腰部、右肩打撲傷」の傷害を負い、同年三月三日から同年九月三〇日まで通院加療(実治療日数一五〇日)し、右傷害につき、同年一〇月三日、山本医院において「腰痛、右肩痛、時に頸部強直感を訴える」との主訴又は自覚症状があるということで症状が固定した旨の診断を受けたこと、いずれも成立に争いのない甲第一〇号証の二、三、八、九、一一ないし二二によれば、原告比左子は、昭和六〇年三月三日前記原告弘行と同一の交通事故により「頸筋捻挫」の傷害を負い、翌同月四日から同年九月二六日まで通院加療(実治療日数一四〇日)を受け、右傷害につき、同年一〇月三日、山本医院において「頭重感、左肩から左中指にかけてしびれ、項部牽引様疼痛」などの主訴又は自覚症状があるということで症状が固定した旨診断を受けたことの各事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(四)  右認定した事実によれば、原告らは、いずれも本件事故の直前まで本件事故以前の交通事故(以下「前回事故」という。)で受けた傷害の治療を行つていたもので、しかも、本件事故の二日後に、原告両名とも前記二1で認定した武田病院での診断名と同様の症状につき、前回事故の傷害による症状が固定したものと診断されており、これらの事実に前記(二)の考察を合わせ考慮すると、少なくとも右武田病院で診断を受けた原告弘行の「腰椎捻挫」及び同比左子の「頸椎捻挫」の各症状は、前回事故によるものである可能性が高い(もつとも、前掲乙第一一、第一二号証及び同甲第九号証によれば、右武田病院における治療期間中の症状については、神経症的な要素も否定し難い。)と認められる。更に、原告弘行の武田病院における「頸椎捻挫」の診断については、成立に争いのない甲第一二号証の一ないし一七及び前掲同第九号証によれば、武田病院において必ずしも慎重な診察に基づいて右診断がなされたものではなく、専ら本人の主訴により右診断が下されたものと解されることのほか、前記(二)の考察、同原告の本件事故態様に関する供述態度などを合わせ考慮すると、本件事故によつて同原告が頸椎捻挫の傷害を負つたことについては合理的な疑問が存するといわざるを得ない。

3  そうすると、前記二1の事実があるからといつて、直ちに本件事故によつて原告らが傷害を負つたと認めることはできず、他に同事実を認めるに足る証拠はない。

三  したがつて、原告らの本訴各請求は、いずれもその余について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河合健司)

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